大学3〜4年の頃、とあるNPO団体でボランティア活動に参加していて、当時その活動に多くのエネルギーを注いでいた。
ボランティアの内容は、いわゆる「いのちの電話」みたいなもので、電話で希死念慮を持った人の話を聴いて受け止めるというものだった。
週末の夜になると、NPOの事務所に行って3〜4時間ほど受話器の前に座る。
着信が来たら、軽く息を整えて受話器を取る。
「はい、〇〇センターです」「・・もしもし?今すごくつらくて、電話してるんですけど」「そうなんですね、今すごくおつらいんですね」 こんな風に会話は始まる。
電話は10分程度で終わることもあれば、3時間を超す長電話になることもある。
大学3年の秋、とある月曜日の午前、いつも通りイギリス文学講読の講義に出席していた。
講師の若い男性は、東大を出たあとに奨学金を得てイギリスの名門大学に留学し、英文学の博士号を取得したという非の打ち所のない経歴を持つエリートだ。
帰国後は1年か2年慶応で教え、それからこの大学に赴任してきた、みたいなことを初回の授業で話していたと思う。
皺なくビシッと決めたスーツ、知的で軽妙なトーク、輝かしい経歴に支えられた自信、それらが壇上の彼を輝かせる。
前の方に座る女子学生のグループの一人が彼に熱い視線を送っている。
彼はそのことに気づいていて、瀟洒なジョークを飛ばす前には明らかに彼女の方をちらと見る。
常にファンサービスを忘れないアイドルのようだ。
教室を見渡すと、ここには小綺麗な格好をした学生たちばかりがいる。
関西の裕福な家庭の子息が多く通う大学だし、僕の通っていた英文科は学内でも特におしゃれな学生が多かった。
僕はなるべく彼らから浮かないように気を使っていた。
その日の講義の題材はシェイクスピアの『リア王』だった。 戯曲の後半でリア王が発したセリフに着目し、そこに含意される様々な可能性を検討し考察する、といった内容。
よくある英文科の講義。 講師はどうやらいたくシェイクスピアを気に入っていて(英文学の博士でシェイクスピアのファンじゃない方が珍しい)、講義する声が熱を帯びているのが分かる。
そこにあるのはいつもの光景だった。まだ眠くて退屈な月曜日。
しかし、その日は何かが少し違って感じられる。
土曜日の深夜(日をまたいで日曜日の午前)に電話相談のボランティアを終えたばかりで、まだ受話器の向こう側で発せられた、見知らぬ人間の「死にたい」の響きが頭に残っていた。
つい一両日前に、この世の中のどこかにいる誰かが、縁もゆかりもない僕に「死にたい」と話した、そして僕はそれをしっかり聴いたのだ。 誰かの「死」の近くに僕は確かにいたのだ、という実感。
もしかしたら、電話を切ったあとに彼/彼女はそのまま自殺したのかもしれない。 だとしたら生前最後に話したのは僕ということになる。
それなのに、リア王?
400年前の、大して面白くもないこんな戯曲を読んで、一体何になる?
こんなに今この社会は問題だらけなのに?
空間の感覚が軋んで情緒が乱れる。何かが心につっかえている。
いかん、今は大学モードなんだから、切り替えないと。
しかしうまくできない。
だんだん僕は苛立ってくる。
何だ、一体リア王が何だ?シェイクスピアがどうした?
この温室のキャンパスを一歩出れば、人々は様々な理由で悩み、この瞬間も誰かが首をくくろうとしているのだが。
この教室にいる連中は何を呑気にやってる?
いや、そういう俺だって一体ここで何をしているのか?
弱い人に同情して味方になったつもりか?
私立大学の文学部に通うなんて十分贅沢ではないか?
俺は具体的に誰の何を助けている?
何だか世界が二つに分かれて身が引き裂かれたようだ。
俺も周りの学生みたいにどこかの企業でサラリーマンになるのだろうか。
そうはならずこのままずっと誰かの「死」の話を聴き続けるのか?
他にはどんな道があるのだろう。
考えても分からなかったが、考えないわけにはいかない。
そんな自己煩悶に襲われるうちに授業は終わる。
残ったのは徒労感と憂鬱だけ。
今思うと、あの日を起点にして僕は大学に通うモチベーションを無くしてしまった。
最低限の単位を取るために大学に通い、学外の人と付き合うことが主になった。
ちなみに、当時大学の同級生に上記のようなことを話したことがある。
今こうしている間も誰かが死んでいくのに、僕らは小綺麗な格好をしてリア王について云々カンヌン言ってる、そんな現実が僕には飲み込めないと。
彼は少し困った様子で「まぁそんなこと言っても誰かを救えるわけじゃないし、自分の人生を生きるしかないじゃないか」といった旨のことを答えた。
そうだ、それは正しい、しかしそれは分かったうえで話したいのだが、と思ったが飲み込んだ。
そんなことを人に話したのが間違いだった。
それから数年後にNPOの活動からは離れてしまった。
サラリーマンとして成功もしていない。
選挙には行ったり行かなかったり。
社会に対してもはやほとんど何も期待しなくなった。
あの日、英文学の授業を受けながら覚えた行き場のない思いは、うまく解消されることのないまま塵に埋もれて見つからなくなってしまった。
懐かしみもしないが、まぁ、思い出すのも特に悪い心地というわけではない。
人が年を重ねる過程には様々な段階がある。
あの頃の僕は確かに何かしらの段階にあって、代わり映えのしない日々に飽きを覚えている今もまた何かしらの段階にあるのだろう。