政治もAIも、人を真に幸せにすることはできない。
それらは日々の苦痛を緩和し、一時的な希望を供することはあっても、所詮はその程度が関の山だ。
人間が人間として幸福に生きるためには、もっと本質的なものが欠かせない。
例えば、充実した人間関係、社会的な承認、あるいは精神の安定。
そうした要素が相互に補完し合うことで、ようやく人は「幸せ」と呼べる状態に辿り着ける。
その点、特定の政治家があなたを幸せにすることはないし、ChatGPTもGeminiもClaudeも同様だ。
僕自身、今まさにAIという存在に深く傾倒しているが、その事自体は僕の幸福に直接的に関連しない。
誰も何もあなたに大切(essential)なものを提供してはくれない。
「あなたを幸せにする」と豪語する政治家は警戒すべきだし、「AIを使いこなして人生の勝ち組になろう」と消費を煽る言説に惑わされる必要はない。
極めて個人的な見解だが、そもそも「幸せになれるか」を積極的に志向すること自体、あまり意味がないことだと思っている。
幸福は、生育環境や遺伝子、あるいは運命といった不確定な要素に無限に左右され続けるものだからだ。
極論を言えば、抗うつ薬によってセロトニンを調整すれば、平均的な人間なら誰しもそれなりの「幸せ」を感じることができる。
すごくシニカルに言うなれば、幸福とは実のところその程度の現象に過ぎない。
だからこそ、誰かや何かが自分を幸せにしてくれることを夢見ない方がいい。
それより大事なのは、ただ目の前のことに邁進するとか、あるいは壮大な夢を追い続ける、とか、まぁ何でもいいのだが、何にせよ自分なりの生を全うする以外にやるべきことはないのだ。
その結果として、ふと「あぁ、今は幸せだな」と感じる瞬間が訪れたなら、それは幸運なことだ。
それは懸命に生きた過程で手に入れた、ささやかな「おまけ」のようなもので、その時はその幸せを存分に味わえばそれでよい。