平日の昼休みに、近所の大きな公園でレジャーシートを敷いて寝っ転ぶのが好きだ。土日ならともかく、平日は人が少なく成人男性が1人で寝転んでいても目立たない(おそらく)。

いつものようにレジャーシートの上でごろごろしていると、ふと、これは蟻の目線だ、ということに気づく。その時、僕は地面を歩き回る蟻と(ほぼ)同じ目線で世界を見ている。

そうか、この公園は僕にとっては一つのそれなりに大きな公園に過ぎないが、ここは一匹の蟻にとっては全宇宙の全てなのだ。例えば、僕の指に止まった蟻がこの公園の反対側にある手洗い場を目指すのは、僕が地球から数光年先にあるアルファ・ケンタウリ星系を目指すようなものかもしれない。

この公園で生まれた蟻は外の世界を知らないまま死ぬのだろう。風に飛ばされ、人間に踏まれ、鳥に啄まれ、死んでいくのだろう。

考えてみたら人間と大差ない。自然災害で死に、野獣に食われ、憎しみのうちの殺し合いに果てる。風の前の塵に同じ、ならぬ、公園の地の蟻に同じ。神の前に立つ人は、まさしく蟻のように小さく無力だ。

こんなことを取り留めもなく考えているうちに、あっという間に昼休みは終わりそうになる。僕は立ち上がって靴を履き、レジャーシートを畳む。このままどこかに旅に出る妄想などしながら公園を後にする。今度は何の目線になれるだろうか。